トップページ

ノベル

一粒の種

Act 3

7 生まれてきた子は、私にも似ているとも思ったけれど。 その整った顔立ちに、優美な曲線を描く眉や長い睫毛。 そして時々みせる意思の強そうな表情は、会うことのない父親の面影を確実に映すもので。 まぎれもなく、あいつと私の子だって。 見る度に思い出させてくれた。 傍で見ていた進も、当然それに気付いていた。 こうして、生活に追われてきたこの数年。 0歳からすぐに、保育園生活を始めた恵実。 父親譲りの気難しさを、入園早々から発揮して先生を困らせ始めた。 0歳の女の子ってナリでも、「仲間うち」では喧嘩に滅法強くって。 おもちゃの取り合いでは、負けることがなかったと。 保育園に迎えに行く度に、そんな話を何度聞かされたことか。 「今日の恵実ちゃんはね、ずーっと一人で小さな豆粒を手にとっては、 一つの箱から別の箱に、移し変えをしてたんですよ。 それを一日中続けていたので、先生達は感心して見ていました。 集中力のある子ですね〜。」 2歳になった頃の恵実は、「集中力」などと、褒めてはもらったものだけど、 他の子供がキャッキャと元気に遊ぶ中で、一人で座り込んで「豆の移しかえ」。 2歳児の考えることはよくわからないけど、やっぱりこの子。 ・・・親に似て、協調性がないかも。 でも恵実は、こっちの心配にお構いなく。 私の姿を見つけると、いつも保育室の端から飛んできた。 感情の、強い子だった。 私が子供を抱きあげると、この子も嬉しそうに笑った。 それだけで、ふーっと私のその日の疲れが抜けていく気がした。 大丈夫。明日も頑張ってやっていける・・・て。 そんな風に、恵実と私の毎日は軌道に乗っていった。 最初の内こそ身体を壊したり、病気がちだったりもした恵実と、私の二人だったけど、 今はこうして、五体満足で元気にやっていけてるって。 それだけで私は、十分すぎるほど「満足」だった・・・ ・・・他のものはもう、何も要らないってずっと思ってきた。 結局道明寺は、父親のスキャンダルの時に、 すぐに財閥総帥の座に着いたわけではなかった。 会社も相当に混乱してたし、それに。まだ経験浅い彼を、案じたんだと思う。 あいつの母親の道明寺楓が、夫に代わって財閥の総帥に就任して。 社内を厳しく引き締め、そしてやがて成長した息子と共に企業再生の原動力となっていった。 報道された記事で知るだけでも、この人たちには一体一日何時間あるんだろうかと、 そう思わせるほどの過酷なまでのペースで、ビジネスの業績を上げていった。 恵実が1歳の誕生日を迎える頃には、見事に立ち直った道明寺財閥は、 再び日の出の勢いで、グローバル企業として世界の経済舞台で活躍していた。 彼らの圧倒的な実力に、社内の反乱分子は一掃されて、 350,000人の社員の生活は、見事に守られたのだ。 弟は、恵実が生まれてからっていうもの、何度も「報せないの?」と私に聞いてきた。 その度に私は、無言で首を振った。 既に世界の大舞台で活躍を始めて、キラキラと輝きだしていた道明寺。 人々の注目の的となりながら、颯爽とビジネスの舞台を歩む彼はあまりにも眩しくて。 華やかなスポットライトとは全く別の世界に、 道明寺司の隠された子供がいることなんて、 とっても言えなかった。 それに私は・・・あいつを、裏切った女だ。 どの面を下げて、今さらあいつに連絡なんか取れるかっていうのよ・・・。 「姉ちゃんはずっと黙ってるつもりか、知らないけど。 でも恵実は、どこからどう見ても道明寺さんの子だよ。」 「迂闊なことは、言わないで!・・・私はとんでもないこと、してるんだから! 子どもを産んで育てることは、私が一人で決めたことで。 他の誰にも、関係ないの。」 見事に経済界で名を馳せるようになった、かつての恋人。 ちょっとやそっとのことじゃ、びくともしない位強固な立場を手に入れた男。 それも全て・・・何年にも亘るあいつの努力の賜物だと、 私は、密かに・・・そして心から道明寺を賞賛した。 別れた私が言えた義理じゃない。 でもあいつは本当に、「偉大なる道明寺財閥」の血を受け継ぐ男だった。 「新たな産業分野に道明寺財閥の躍進」 そんな文字が、新聞紙上に躍る度に、 今やあいつとは何の関係もない私なのに、感銘を受けるばかりだった。 でも、恵実のことについては。 道明寺家との関りなんて、考えるつもりもなかった。 これは私が犯してしまった「罪」・・・という意識が、いつもついてまわった。 別れた後に妊娠に気付いたのに、 あいつの身分や立場を考えたらこんなことしては、いけなかったのに。 私の我侭で、密かに子供を誕生させてしまった・・・。 私がどうしても、諦められなかったからだ。 ・・・遠い世界に住む、「道明寺家の人々」の目から見れば、 そもそも「牧野つくし」など、もうとっくに忘れてしまった存在だろうというのに。 彼らにとってはお坊ちゃんの一時の気の迷いか、火遊びみたいなもの。 そんな中で、子供だけは絶対タブーだ。 私はそのタブーを犯してしまったんだから、恵実のことが明るみにでたら、 道明寺家の人達に甚大な迷惑をかけることになる。 「姉ちゃん、そんな一方的に思い込まなくてもいいよ・・・。」 「一方的じゃないよ、あの世界はそうなの。よく承知している。」 もし道明寺家の人達が、恵実のことに気がついたとしたら・・・。 間に合うようなら子供の誕生を阻止するだろうし、もしそれが間に合わなければ・・・。 多分・・・私達庶民には掴みきれないほどの、大金が示されて、 そして、何もコトが表に出ることがないようにして ・・・それでジ・エンドってところだろうか。 その過程において子供は、 自分がいかに「望まれていない存在か」をいやっていうほど知ることになる。 それが庶民が勝手に、こんなことをした代償。 ・・・決して、厭味で言ってるわけではない。 私たちの行為も気持ちも、お金で換算され、 見栄や体裁のために片付けられてしまう世界。 ・・・そういう世界に、自分がかつて半歩ではあっても 足を踏み出そうとしていたのかと、今となっては、感慨深くさえ思う。 「道明寺、ごめんね。 あんたの預かり知らない所で、 あんたの血を引いた子どもを産んでしまったけど、 あんたの住む世界とは無縁の所で、この子は私が責任を持って育てていく。」 お金とわが子の価値を計るような、そんな思いをするのはゴメンだし。 出生のことで、必要以上に恵実を傷つけることもしたくない。 どっちにしろ、あんな大それた舞台に庶民の私がのこのこ顔を出していく勇気もない。 それに・・・あいつの経歴に傷なんかつけたくないのは、私も同じ。 だから、新しい生命の誕生についても、 あいつに連なる全ての鎖は断ち切っったままでいる。 それが、私の決断。 私と恵実とは、望んで「天涯孤独」の人生を歩んでいく。 「恵実の父親」という言葉は、もう私の中からは消し去ってしまったんだ・・・。 8. 道明寺から離れた私が移り住んだのは、関東北部の地方都市だった。 そこで曲がりなりにも、母一人子一人の生活ペースを作っていた。 妊娠時代からずっと、進には随分と助けてもらった。 「すまない?・・・何言ってんの、姉ちゃん。俺達、家族だろ?」 そう言って返してくる弟の優しさに、つい涙ぐみそうになった。 私も毎日忙しく働いて、そして何とか子供の衣食住を守って、 保育園通いがすむと、今度は恵実を学校にも通わせて。 振り返ると突然の別離から、10年近くが経過していた。 恵実ももう、小学校3年生だ。 大学を卒業してから3年後に、道明寺は結婚した。 既に超有名人になっていた彼だから、その時はすごい騒ぎになった。 王侯貴族や、超大物芸能人でも、かくもあろうかと思うくらいに。 相手は生まれも育ちも超一流の、道明寺財閥が諸手を上げて喜ぶ大企業のお嬢様。 奇麗な人だった・・・。 それに。親同士の綿密な計画の上で結ばれた縁談だとか、当時も随分言われていた。 勿論、メープル・ホテルで、これでもかってくらい盛大な結婚披露がされた。 日本でも、NYでも。世界同時中継で。 彼らの新婚生活はNYだったけど、公式の場に出るときはいつも、 妻をスマートにエスコートする道明寺の姿が、評判になった。 「幸せな結婚をしたんだね、道明寺。本当に、良かった。」 私以外の女性に見せる、道明寺の優しい笑顔。 それを見て、良かったって思えること自体、 私とあいつとの恋愛が遠い昔話になってしまった証拠だと。 あいつにとっても私と、「男と女」として愛を深めたあの頃の気持ちは、 とっくに風化しているんだと思い知らされ、 それが不思議なほどに、自分を切ない気持ちにさせた。 でも。あの時の・・・ 凍りついた道明寺の瞳が忘れられなかったから、 あいつにもう一度笑顔を取り戻させてくれた奥さんに、 感謝する気持ちがあったのも確かだ。 道明寺と愛し合った時間は、とてもとても幸せだったのに。 あんな別れ方を・・・、ひどい傷つけかたをしたせいか。 私には、今では心に疼く記憶の方が多くなってしまった。 ・・・もう私は、どんな形であろうとも、 道明寺司の人生に触れることは許されない・・・そんな資格も、ない・・・ あいつを愛するのは、傷ついた時にあいつを癒すのは、あの奥さんの役目だ。 私の道程は、あいつとはどんどん遠ざかるばかりだから・・・何もかもが。 「姉ちゃん?また辛そうな顔をしてる。・・・何を考えているの?」 心配げに声をかける弟に、首を振って応え無理にでも笑おうとする。 だって私には、恵実がいてくれる。 間違った方法ではあるけれど、あいつとの確かな「愛の証」がここにある・・・。 これが曲がりなりにも、私が自分で選んだ生き方だった。 寂しい時には、切なさに神経がおかしくなりそうな時は、そう自分に言い聞かせた。 2−3年してから、道明寺夫妻は一度日本に戻ってきた。 その時は、メデイアの騒ぎも最高潮に達したっけ。 ありとあらゆるメディアを通じて、「道明寺司特集」ってのが、続いて。  職場でも、「有名人は辛いわよね〜」、と同僚との間で話題になるくらいだった。 だって彼は、いつみても凄い美貌で、どこにいても一際目立つ存在で・・・ どんな所に現れても、既婚者になって数年がたっても、 女性たちのハートを掴みまくり・・・だったから。 でも。 私がよく知っている「燃え上がるほど熱い、情熱的な男」ってイメージは、 その道明寺には、感じられなかった。 画面を通じて見る道明寺は、 当時よりもずっとクール・ビューティって雰囲気に変わっていた。 年のせいでもあるだろう、きっと。 ・・・道明寺司だって、いつまでも学生じゃない。 ビジネスの修羅場をいくつも切り抜けて、 成功体験を積んで成熟したビジネスマンになっている。 どんなインタビューでも、いつも冷静で、隙のない受答えをするあいつを見ると、 その大人の魅力に、いつもそう感じ入っていた。 奥さんに対しては、結婚から数年が経っても相変わらず、いつも優しそうだった・・・。 公式の場に出てくる度に、あいつにエスコートをされて。 また時には、道明寺と腕を組んで現れる奥さんが、 夫を心から信頼しきったという表情で、見上げる様子を何度も目にした。 ああ、道明寺。幸せにしてるんだ・・・ 見てるだけで、それがわかった。 がさつな私とは大違いの、セレブで素敵なカップルだった。 それからまた数年後に、あいつは再びビジネスの拠点をNYに戻してしまったから、 奥さんと二人で、日本を離れてしまった。 その後も世界を舞台に、益々華々しく活躍している様子。 でもメディアで報じられる以上の詳しいことは、今の私は知らない。 ・・・今は、どうしているんだろうか・・・ きっとNYで、奥さんとの円満な結婚生活を送ってるんだろうと思う。 どっちにしても、あの誇り高い、「選ばれた」家柄の人々だ。 もう今となっては、あいつも、道明寺の人達も、 私のことなんか、相手にしない・・・いや、 そもそも存在そのものをすっかり忘れているだろうと、そう思っていた。 だから。 突然道明寺楓から電話を受けて、自分が「忘れられていなかった」ことにまず、吃驚した。 9. 一週間前に突然、かかってきた道明寺楓からの電話。 「牧野つくしさん?お久しぶり。道明寺楓です。」 「は、はい。・・・ご無沙汰、しています。」 こっちは、やっとの思いで挨拶の言葉を返したんだけど。 この合理性の権化みたいな女性は、時間を無駄にせずにさっさと用件に入ってきた。 「早速ですけど。 早急に、あなたにお会いしたいわ。東京に出てきてくださる?」 「は?・・・私が、ですか?」 「そうよ。その時は、ご家族も一緒に。」 「家族・・・家族って・・・?」 急に彼女から会いたいと言われたこと自体、まず驚きなのに。 その時には、私の「家族」も連れてきてくれって・・・。 「あの、それは・・・家族って・・・?私の両親のこと・・・でしょうか。」 一瞬の躊躇いの後で、いかにも私が迷惑そうな声を出したからだろう。 一拍置いてから、道明寺楓はクールに。まさにビジネスそのものの口調で言った。 「あなたにもご自分の生活があるし、なかなか自由がきかないのは、承知しています。 でも、あなたのお子さんのこともあるし、是非お会いしたいの。」 彼女はやっぱり・・・私に子供が生まれていたことを知っていた! そして、こんな電話を私にかけてきたってことは、 きっと子供の父親が誰かってことも、わかっているはずだ・・・? ・・・では、道明寺もそのことを知っているの? 混乱する頭で物事を整理しようとしながら、 道明寺楓を前に、隠しきれるものではないと悟った。 「道明寺さん。突然のお電話を頂いて、驚きました。 おっしゃる通り、私には子供がいますけど・・・。」 「そうね。あなたのお子さんを連れて、二人で、こっちへいらして。」 「なぜ・・・?」 私のそんな疑問に、その場では彼女からの回答は得られなかった。 今のいままで、道明寺家にとって恵実の存在は 迷惑だ、の一方でしか考えてこなかったけど。 もしかしたら別の可能性もあるということに、突然思い当たった。 私が勝手に、ドウミョウジ・ツカサの子供を育てているということ。 いくら秘密裏に出産・子育てをしているといっても・・・。 無謀にも私は、それをやってるワケだから。 もし、彼らが恵実の存在を知ったということなら、何を言い出してくるのかわからない。 恵実のことで、一度はこの人たちと向かい合って、 決着をつけなきゃならないって、ことだろうか・・・。 「いらしてくださるわね? 東京ではメープルの部屋を、あなたたちにご用意しておきます。」 私が断ることなど、はなからイメージなんかされてないって感じ。 ・・・さっきの「あなたにも生活があって、そうそう自由はきかないだろう」って言葉は どこ言ったのよ? はじめっから、自分の都合に合わせて、 私を東京に、「出頭」させるつもりだったじゃん・・・! なんてことは、道明寺楓の前で口に出せるわけもなく。 結局私は彼女の威厳に圧されるように、 求められた通り恵実を連れて上京することを承諾していた。 「迎えの車を用意し・・・」 「いえ!あの。・・・恵実・・・子どもと一緒に、電車で東京に行きます・・・から。」 彼らに会うってだけでオオゴトなんだから、 そんな道明寺家の迎えの車なんてとんでもなかった。 道明寺楓との電話を終えてから、ただため息が漏れた。 そして・・・もう遠い昔のことにしていた、心の底にしまってきた思い出たちが これを機会とばかりに、目覚めてくる。 目を閉じれば、今も鮮やかに思い出してしまうんだ・・・。 あいつの、ことを。 時は巡り、今ではまるで違う人生を送っているのに。 10 「なあ。本気でおまえも俺と一緒にパリでも、ロンドンでも、バンコクでもいかねえ? 俺の仕事に、おまえが一緒に来ちゃいけないって理由もねえだろ?」 あれは、あいつが何カ国かを巡りながら、複数のプロジェクトに忙殺されて、 やっと2ヶ月ぶりに、東京に戻ってきた日のこと。 学生生活と違い大変だとぼやきながらも、まだ道明寺は、 私相手にそんな無邪気なことを言っていた。 「バッカね〜、そんなのできるワケないじゃない?あんた、まだ見習いの身だよ。 そんなで、仕事先に女を連れてくなんて、ヒンシュク間違いなし!」 私があっさり却下すると、ケチ・・・とあいつはむくれたような表情を見せる。 その様子があまりにガキっぽくって。 ベッドの中で私が知っている道明寺司とは、全然違ってて、ね・・・。 「おまえ、ヒンシュクだの見習いの分際だのと言いたい放題のくせして、 俺に見とれてるって、それ、おかしいんじゃね?」 「えっ!?見とれて・・・?そ・・・そんなわけ、あるわけないって! あんたが相変わらず俺様発言してるから、呆れてみてただけじゃんっ。 ナニ言ってんのっ!」 声が裏返りながら否定して。 でも、あいつは背中に手を回してぎゅーっと私を抱きしめながら・・・言った。 「わりいな。おまえには不自由ばっかかけて。俺が思ってたよりずっと、 クソ面倒くねえ仕事が、手間ばっかとらせやがるからさ・・・。」 「ん、それはいいの。わかってたことだから。 だけどね。あんたこそ、あっちこっちのプロジェクトに参加してて大変だからって、 所構わず怒りだしたり、ワガママ言ったりしないこと! あんたの俺様ぶりが始まると、他の人たちはすっごい迷惑するんだからね。 司の場合は、道明寺の看板を背負って、社会に出てるんだって自覚しててよ。 私はそれが一番心配。」 既に私を抱き上げていた道明寺は、そこでクレームを付けてくる。 「うっせーな!人がせっかく、これからベッドルームに移動して ラブモードに入ろうと思ってんのによっ! つまんねえことばっか、言うなっての。ムード、壊す。」 「いや、私達二人にそーゆームードなんて、似合わないってば。」 こっからまた。 どーゆームードなんだよって、バカ話が始まる。 そんな言うなら、これからおまえのその生意気な口じゃなく、 甘〜い声を聞いてやるから。 覚悟しとけよって。 ・・・そう。私達ずっと、そんな感じだったよね。 楽しかった、本当に。 その間にも道明寺は益々仕事が大変になって、 次第に私と会える頻度は減りがちになっていった。 仕事は、本当に大変そうで。 こんなじゃ、あいつの中では。 私の比重が、どんどん小さくなってくるかも・・・って、 不安な気持ちがどこかに芽生えてきて。でも。 そんな内心を、口に出すこともなかった。 道明寺スキャンダルという、新展開を迎えるまで。 いつも道明寺にとって私は、日本であいつの帰国を待ちながら、 可愛くないことだって、平気で言っちゃう「彼女」だった。 遠距離恋愛のそもそものはじめっから、私が弱音を見せちゃいけないって。 まるで刷り込まれたみたいだったもんね。 道明寺がたまに帰国するのを日本で待ってるのくらい、 私は全然平気よって、そんなこと気にするヒマあったら、ちゃんと仕事してなよなんて。 ずっと、そんな風にあいつに言ってたのに。 ・・・なのに突然、 「もう無理だ、一緒にいるのが辛くてしょうがない」なんて言って、別れたの。 最低。本当に酷い話だ・・・私って、よくもそんな酷いことができたもんだよ。 思考があの別れの時に行き着くと、 いつも同じように自分のしたことに罪悪感を覚えて・・・止まってしまう。 あの時。何も言い訳したくなかったっていうのは、事実。 これから道明寺財閥直系のサラブレッドとして、 経済界に対して、その能力と存在感をアピールしていかなきゃならないあいつに、 あの混乱期に、一般人の私との恋愛バナシなんてものが、 表に出ちゃマズイって、私が消えなきゃなんないって思ったのも事実だ。 だけど・・・ 私はよーく道明寺の気性を知っていたのに・・・あの真っ直ぐな、 どんな時でも逃げないで、私を受け止めようとしてくれる。 あいつの気性を。 それだけに、自分のしたことがたまらない嫌悪感を持って、戻ってきてしまうんだ。 私も、あいつのことが好きでたまらなかったのに。  気持ちを無理やり引っぺがして、決別しなきゃならなくて、 辛かった。とても・・・とても。 運命の悪戯で・・・時期も状況も、ボタンを掛け違ったせいで、 あいつと一緒の人生を、あの時瞬時に見失った・・・ 「やだ。私ったら。どうして、泣いたりしてんのよっ!?」 古い話を思い出してただけだってのに、そのときは自分でも無意識のうちに涙が零れて、 ポタポタと床に落ちていた。 なさけなかった。 大学生の恋物語なんかに、感傷的に浸ってる場合じゃ、ないよ。 私は小学生の子持ちの、シングルマザーだってば。自分の立場をよーく認識しなきゃ。 そう何度も、自分の心に反復した。 「きちんと別れる」ことができなかったことは、きっと一生の心残りだ。 私自身が、これじゃ納得いかないってくらい酷いやり方だったから。 まして、別れを告げられた道明寺の・・・司の気持ちは、 いかばかりだっただろうって・・・。 そんなこと、確かめる術もないけれど・・・そう思っていた。 だけど・・・私がしてしまったことだ。 もう、どうしようもない・・・。 それだけに、最後にキャンパスで会った時に振り返ったあいつの瞳が、忘れられない。 あれから間もなく、大学もやめて姿を消してしまった私のことを。 あいつは、F3の誰かからでも、聞くことがあっただろうか・・・? ・・・でも、幸いなことに。 ・・・もうあいつが、私を探そうとすることもなかったはず・・・だから。 最低の女だって。あいつは私のことを、そう思って切って捨てたはずだ・・・。 物心ついた時から、自分にはパパがいないと教え込まれてきた恵実。 あんたには進おじさんが近くにいて、パパの代わりをしてくれるんだからいいじゃない? と、恵実にはずっと言ってきた。 恵実が、「それじゃ、ヤだぁ。本当のパパをつれてきてよ〜。」とぐずって泣いたのは まだ保育園の幼いクラスにいた頃のこと。 やがて恵実は、父親のことなど私の前では口にも出さなくなった。 娘には・・・時々はっとする程、すごく道明寺に似ていると気付かされることがある。 その時ばかりは、私は娘を通じてかつて別れた男の面影を追い求め・・・ そして私が断ち切ってしまった、この子と父親との絆を思って・・・ 苦悩した。 to be continued

ご感想はメールやBBS、ブログのコメントなどからよろしくお願いします。

inserted by FC2 system